衣装つき眠り姫問題

■この記事は何?

眠り姫問題の本質を変更せずに、問題をいくつか修飾して膨らまし、考える材料として御提案をします。

■記事の方針

・最初に眠り姫問題はてなキーワードをもとにご紹介します。

・次に眠り姫問題に、確率に影響することなく設定を追加します。また、追加された設定を加味しての小問を追加し、眠り姫問題を膨らませます。これを衣装つき眠り姫問題と称することとします。

・最後に衣装つき眠り姫問題についての私なりの解を提示し、あわせてオリジナルの眠り姫問題の解について私見を述べます。

皆様からの御意見を拝聴できれば幸いと存じます。

 

眠り姫問題とは

はてなキーワードから転載いたします。

#以下の問題文は、分析哲学者である三浦俊彦先生によるものです。できるだけ瑣末な余計なことを考えないですむように問題文を最適化してあるようです。 

眠り姫問題 

日曜日に、ある実験が始められる。まず、あなたは眠らされる。そのあとフェアなコインが投げられ、表か裏かによって、次の二つの措置が選ばれる。 

場合A■表が出た場合  あなたは月曜日に一度起こされ、インタビューされ、また眠らされ、ずっと眠り続ける。 

場合B■裏が出た場合  あなたは月曜日に一度起こされ、インタビューされ、また眠らされ、火曜日に一度起こされ、インタビューされ、また眠らされ、ずっと眠り続ける。

眠りは記憶を消すほど深いので、目覚めたときに月曜か火曜かはわからない。  いずれの場合もあなたは、実験の手続きについてはすべてわかっているものとする。目覚めたときに自分が月曜にいるか火曜にいるか、そしてコインは表だったのか裏だったのかがわからないだけである。 

ちなみに、コイン投げがなされるタイミングについては融通が利く。コイン投げは、あなたが最初に起こされる前でも、月曜にあなたが目覚めた後でも、問題の構造は変化しない。 

さて、あなたへのインタビューは次のようなものである。 

◇問1「今は日曜日、実験開始の直前である。場合Aである確率は?」 

◇問2「さぁ、あなたは目覚めた。場合Aである確率は?」 

◇問3「さぁ、あなたは目覚めた。今は月曜日である。場合Aである確率は?」 

問1の正解が1/2であることに異を唱える人はいないだろう。これからコインを投げて表になる確率は1/2なので、場合Aである確率は当然1/2である。 

問2と問3が、「眠り姫問題」だ。意思決定問題と人間原理という二つの分野で共通のテーマセッターとなっている有名な難問である。 

 

■衣装つき眠り姫問題

眠り姫問題に設定や小問を追加します。また、フェアなコインを投げることに替えて、同等な仕掛けを用意します。

○衣装つき眠り姫問題

1日分の記憶をまるごと全て失うほどに強力な睡眠薬が開発されつつあります。この新薬の第二層治験のために、被験者が100名集められました。あなたは被験者のうちのひとりです。被験者は全員ともに治験開始日の三日前に行われた事前講習会を受講していてどのような治験が行われるかについて知っています。以下に講習会で教えられた内容を記します。

日曜日に、治験が始められる。被験者の100名は会場の体育館に集められる。体育館には個室が100室用意されていてひとたび入室すると部屋の外の様子を知ることはできず、また、部屋のなかの様子が外に漏れることはない。被験者は各々に割り当てられた個室に入る。

ここで被験者は実験直前の最初のインタビューをうける。

次に、被験者は新薬で眠らされる。

そのあと乱数発生装置によって個室の部屋番号が1から100までダブる事なく決定される。部屋番号が、奇数か偶数かによって、次の二つの措置が選ばれる。 

場合A■被験者の部屋番号が奇数の場合である。被験者は月曜日に一度起こされるのだが、起こされる《前に》後ろ衿に白いタグのついた白衣を着せられる。さらに、首に赤色のチョーカーを装着される。被験者は目覚めた後にタグやチョーカーの色を知ることはできない。被験者は起こされたのちにインタビューされ、また新薬で眠らされ、白衣を脱がされチョーカーをはずされ、ずっと眠り続ける。 白衣とチョーカーとは個室の外に運び出されて次の水曜日に洗濯に出される。

場合B■被験者の部屋番号が偶数の場合である。被験者は月曜日に一度起こされるのだが、起こされる《前に》後ろ衿に黒いタグのついた白衣を着せられる。さらに、首に空色のチョーカーを装着される。被験者は目覚めた後にタグやチョーカーの色を知ることはできない。被験者は起こされたのちにインタビューされ、また新薬で眠らされ、チョーカーをはずされ、ずっと眠り続ける。 チョーカーは個室の外に運び出されて次の水曜日に洗濯に出される。白衣は被験者に着せられたままである。翌火曜日になると被験者の首に紺色のチョーカーが装着される。その後に被験者は一度起こされ、インタビューされ、また新薬で眠らされ、ずっと眠り続ける。被験者の首からチョーカーがはずされ、白衣が脱がされる。白衣とチョーカーとは個室の外に運び出されて次の水曜日に洗濯に出される。

※注:場合Aであれ場合Bであれ、新薬による眠りは1日分の記憶を消すほど深いので、目覚めたときに月曜か火曜かはわからない。  いずれの場合も被験者は、実験の手続きについてはすべてわかっているものとする。被験者にとって目覚めたときに自分が月曜にいるか火曜にいるか、そして部屋番号が奇数なのか偶数なのか、白衣の衿のタグの色や装着しているチョーカーの色がわからないだけである。 

被験者へのインタビューは次のようなものである。 

◇問1「今は日曜日、実験開始の直前である。場合Aとなる確率は?」 

◇問2「さぁ、あなたは目覚めた。場合Aである確率は?」 

◇問2α「さあ、あなたは目覚めている。着ている白衣の衿のタグの色が白である確率は?」

◇問2β「さあ、あなたは目覚めている。装着しているチョーカーの色が赤である確率は?」

◇問3「さぁ、あなたは目覚めた。今は月曜日である。場合Aである確率は?」 

◇問3α「さぁ、あなたは目覚めている。今は月曜日である。着ている白衣の衿のタグの色が白である確率は?」

◇問3β「さあ、あなたは目覚めている。今は月曜日である。装着しているチョーカーの色が赤である確率は?」

 

■衣装つき眠り姫問題の解への私見

水曜日に洗濯屋が見ることになる衣装は次の通りでしょう。

・白いタグの白衣50枚

・黒いタグの白衣50枚

・赤色のチョーカー50個

・空色のチョーカー50個

・紺色のチョーカー50個

オリジナルの眠り姫問題ではフェアなコインを投げました。仮に衣装つき眠り姫問題でも(ランダムに割り付けられた部屋番号の偶奇によらずに)コイントスをしたとしましょう。洗濯屋が見ることになる衣装の数の分布は、上記と比べて大幅に傾向が変わることはないことでしょう。被験者の数が増えれば増えるほどに、コイントスと部屋番号の偶奇による結果は似てきます。大数の法則によります。

 

・問1について

求める確率は1/2でしょう。

同様に確からしい根元事象は部屋番号の偶奇ですので。

・問2βについて

確率は1/3でしょう。

目覚めた被験者にとっての同様に確からしい根元事象はもはや部屋番号の偶奇ではありません。部屋番号が偶数の場合に目覚める被験者ののべ人数が部屋番号奇数の場合に比べて2倍になるからでして「同様に確からしい」性質を失ってしまうからです。

目覚めた被験者にとって同様に確からしい根元事象として相応しいのはチョーカーの色となります。{赤色、空色、紺色}のどれもが「同様に確からしい」ことは、洗濯屋がみることになるチョーカーたちの色の分布から明らかです。

・問2およびに問2αについて

問2βからわかるようにともに確率は1/3となります。

・問3、問3α、問3βについて

ともに確率は1/2となります。

チョーカーの色は赤色もしくは空色となります。両者は同様に確からしく生起します。

 

■(衣装つきを含む)眠り姫問題についての私見

物理的には一つの舞台設定でありながらも、取り扱うべき根元事象が2通りあるという珍しい問題であろうかと思われます。

新薬を飲む前(問1系)と、目覚めた時(問2系無いし問3系)とでは設定すべき根元事象が異なるわけです。

学校教育などを通じて、私達はひとつの確率の問題にはひとつの根元事象を設定するという強固な習慣が身についています。

やや面倒な言い方になりますが、確率の問題を見たら確率空間をひとつ設定して確率を求める、そのような問題ばかりを私達は見てきました。これらの習慣が眠り姫問題の場合には障りとなってきていると考えられます。

もう少しだけ述べてみます。

問3系は、問2系を謂わば事前確率として、条件的確率を求めています。月曜日という条件です。

条件的確率を求めるに当たりベイズの定理が適用可能なのですが、これは、根元事象を問2系と問3系とが共有しているからこそできることなのです。

一方におきまして、問1系の事前確率をもとにした条件的確率として問2系の確率を求める、あるいは同じことですがベイズの定理を使う、これはよろしくありません。両者の根元事象が異なるのにベイズの定理を適用する、そのようなことは非常にまずいのです。

事前確率をもとに条件的確率を求める【だけ】の方針では眠り姫問題のパラドキシカルな構造を解き明かせないことと思われてなりません。

一方において、一つの舞台設定において、確率を算定したい立場のそれぞれに於いて、確率空間の措定を、独立に措定することは、ときとして有用なのではないかと愚考する次第です。

 

なお、面白いことに、実験者と被験者どのあいだで、場合Aかどうかについての博打は成立します。

問1系では、部屋番号の偶奇がフェアな博打の根元事象となりましょう。

問2系では、チョーカー基準がフェアな博打の根元事象となります。

昔、簡単なプログラムを作って上の博打をともに同時に行う試行を多数回行なってみました。適切な賞金を設定すると確かにフェアなのでした。

 

■番外編

根元事象に、「目覚めずに寝ている」を含めるアイデアがshinzorさんにより提案されています。こちらのアイデアのほうがずっとわかりやすいですね。

 

https://shinzor.hatenablog.com/entry/2022/06/29/144656 より引用いたします。

 

目覚め前には、その後起きる出来事に4つの可能性があります。

「表が出て月曜に目覚める」

「表が出て火曜に寝ている」

「裏が出て月曜に目覚める」

「裏が出て火曜に目覚める」

です。

目覚めによって、今日が「表が出て火曜に寝ている」である可能性が無くなります。その結果、今日が表の出た後の日である確率は2/4から1/3に変化します。